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弥栄と常若






昔の時代に書かれた本を「古典」と呼びますよね。
古典とは「古い」という文字と「典型」という意味が
重なってできたものです。


方丈記や源氏物語、万葉集に徒然草。
これらは確かに昔の歴史的な書物(概念)ですが
同時に歴史的なものではない部分があるのです。


例えば上記は当時の生活が描かれています。
それは当然、今の時代とはまったく異なったもので
別世界のように感じます。しかし「感情」と
いうものは昔も今も変わってません。


1000年前だろうと愛する者を失えば悲しみ、嬉しいときには笑ったのです。



そんな感性の根源的なリズムは「典型的」です。
だからこそ、古典は現代でも人の心に響くのです。
まさにこの国の「弥栄・常若」の概念と言えるでしょう。


もちろんその受け取り方は個人によって違いますし
我々は時代の影響を避けることができません。


ここで大事なのは我々がそんな「典型に心を打たれる」
という圧倒的な経験的事実です。昔の人はその発見を
「真理への追求」とか「普遍の道」と呼んでいました。


そんな時代を超え(日々新たに)続いていくものだけが
古典と呼ばれるということ。文化や伝統然り。経済も語源が
経世済民である以上、資本主義の求めるものとはまた別の性質を持ってます。




「おまけ」

ちなみに「方丈記」は一般的に鴨長明の
住んでいた家の大きさだったと言われますよね。
広さは方丈(十尺)、高さは七尺というとても狭い家に住んでいた、と。


しかしあれば人間の典型を描いているのです。
人間というものは本能に任せればすぐに短絡的な
行動をしてしまい、災難や事故が起こってしまう。
そういった本性・本音の広さに比べ、正気という
正常な状態は本当に僅かなもので「方丈」くらいしかない、と。


つまり「まっとうな生き方は確かに窮屈なものだけど
私はそれが良い」、という鴨長明がたどり着いた思想なんですよ。






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